『3月のライオン』羽海野チカ著 白泉社刊


「僕は将棋の家の子になった―」

ハチミツとクローバー』などで知られる羽海野さんの最新作、とはいってもかくいう自分は羽海野さんの作品に触れるのは初めてである。『ハチミツとクローバー』は前から知っていたが、雑読派と言いつつも少女漫画にはあまり手を出さないので、著者の作品に接する機会が得られなかった。

そんなこんなで、大学あたりから愛読している漫画界のわき道をひた走る雑誌『ヤングアニマル』に著者の新作が舞い降りた。突然でかでかと特集が打たれ、なんだこりゃ、ハチミツとクローバーの作者だって、いいんですかい、こんな雑誌にやってきても…こんな柔らかな絵の後に、禁止用語しか飛び交わない『デトロイト・メタル・シティ』とか並んでるのはどうにもなあ、と。

しかし読んでみると不思議なものでぐいぐい引き込まれる、気が付けば『ヤングアニマル』を買う第一の理由になってしまっていた。作品は上記に挙げたセリフの通り、至上5人目となる中学生プロ棋士を主人公とした物語、東京の海辺の下町を舞台にして、幼くして一人ぼっちとなり将棋とともに生きていかざるえなくなった心の迷いと人々の交流を描く、悲しいけれど、なぜか温かいそんな話です。

「ずっとぼんやりしてる。あの日から、ぼんやりしたまま、他にすることが見つからなくて」

生きる為に将棋をはじめた主人公は、様々な後悔に苛まれている、そもそもなぜ家族は自分を残して死んだのか、なぜ自らを引き取ってくれた師匠の家庭を壊してしまったのか、なぜ将棋を続けているのか、なぜ生きているのか…たった一人であるが故に生きる為に必死、しかしふと気が付くとなぜ必死なのかよくわからない、苦しくて苦しくてたまらない主人公の心象は、見るものを圧倒しつつも、物語にぐいぐいと引き寄せます。彼を囲む人たちもまた、それぞれに寂しさを抱え、何かを呪い、また希望を持ち、必死に生きている。今まで書いたことだと何か重苦しい話ばかりのようだけど、コミカルなところも結構あります。

誰もが持つ様々な感情がない交ぜとなった思い、それでも生きていかなきゃいけないこの世界を、やわらかい筆致で力強く描いているなあと、一読をオススメしたい作品です。

そういえば久々に更新しました、というか再生しました(笑)いろいろ書いてみようと思うのでよろしくお願いします。

3月のライオン (1) (ヤングアニマルコミックス)

3月のライオン (1) (ヤングアニマルコミックス)