『夢を与える』綿矢りさ著 河出書房新社刊


寮の仮住まいが一階に移ったわけですが、結構一階って騒がしい。人の歩く足音や話す声が妙に響く、何だかイタリアから帰ってからどっと疲れがきているような、ふむ色々なイタリア人と戦ったからな、特にミサンガ売り、どちらかというと戦ったのは友人だけど。加えてやはり同期が少ないと片身が狭い、寮の空気が違う気がする。たださっき数少ない同志が部屋にやってきて色々と話が出来て良かった。


既に寮は我々の時代を終えている、老兵は去るのみだ。


で、起きてしまったので一気呵成に読み終えたこの作品について一筆啓上。


印象「剥き出しになった肉」


よくわからんと思いますが、何だか痛々しい雰囲気が伝わればと思います。主人公の夕子がかわいくて素直な性格で芸能界のスターダムにのし上がって行く過程、乾いていく心と醜悪な周囲の人間達の動き、その中から一人浮き出ていた夕子もやがてその泥沼に落ちていく。


「夢を与える人間は、自らが夢を貪ってはならない」


自らの夢を貪ってしまえば人々は共感できない、あくまで人々が共感できる範囲で作られた「阿部夕子」という人間を生きる。それしか自分にこの世界で生きていく道がないと知った時、夕子と「阿部夕子」は乖離する。皮膚である「阿部夕子」と本体の肉である「夕子」の乖離は、本体を激しく痛めつける。


この話の中でアイドルが売れなくなることを所属先の社長は「肉が硬くなる」と表現する。それは恐らく遊離してしまった皮膚と本体である肉が同一化しない段階が来るということだろう。ただその段階が来ないまま騙されているのがいいのか、知ったままで血道を歩くのがいいのか、何がいいかは自分にはわからない。


「私の皮膚は他の女子達よりも早く老けるだろう」


スターダムにのし上がった夕子は天真爛漫な夕子から天真爛漫を演じる阿部夕子になる、そこで訪れた恋は渇きを癒して演じる阿部夕子に一定の力を与えるが、同時に崩壊の引き金も引く。一連のスキャンダルの中で全てを知り老成していく夕子を誰も愛さないだろうと取材した記者は言う。


夢の中で生きる人間が現実を生きている、夢の中にいた人間が夢を見ると耐え難い苦しみが生まれる。夢が見ることの出来ない苦しさや、夢が実現しない苦しさと、どちらが苦しいのか。色々と物思いに囚われる作品だった。


深夜に読むと色々と考え込むんで嫌ですが、同時にこういう時期も重要、色々と読みながら考える時期があってこそ読書の深みも出るというもの、あー何だかすげえ馬鹿っぽい作品が読みたい。こういう時にマージャンとか出来ない自分を恨みます、もやもやしてる時にスカッと打つ、楽しそうじゃないですか。


今日は何度も更新してしまった、こんな日もある「明日は明日の風が吹く


明日もいい日になりますよーに。