『戦場の黄色いタンポポ』橋田信介著 新潮社刊


この本を読み始めた時、「駆け抜けた」という言葉を使わないようにしようと思った。橋田氏の人生を表すのに適当に見えてもっとも似つかわしくない言葉だと思った、彼は駆け抜けてはいない、確かにいろんなところに行ってはいるのだが、路傍の石のようにじっとしている、そして目を見開いている。戦場を追い回しながらも、決してそこにある日常を忘れない、むしろそこにある日常に囚われてしまったようにも見える。


戦場を通して見る橋田の人間観や国家観は面白い。


人間は良き人間だから戦争をするという、良き人間であろうとするから思想が生まれ、自らの歴史を他人よりも良いものとしようとする、やがては自らの血が尊いのだと戦争を始める。しかし、良き人間であろうとしなければ、ただの生物であるともいう、ただ生きていれば生もなければ死もない、そこに人間の力は感じられない。良き人間であろうとすれば戦争が起こり、ただ生きていれば生きているのか死んでいるのかわからなくなる、非常に皮肉な話だ。戦争は人間の良心から起こっているという皮肉は、面白いけれど悲しいことである。


国さえなければ、という思いも言葉の端々に感じる、国があるから戦争が起こる、国というものに対する不信感が橋田の中に根強くあるように見える。少しだけ、数々の取材現場で日本という国に冷遇されてきた恨みもあるのかもしれない、日本のマスコミに対してもその視野の狭さを批判している。


戦場をばかり追い回していても、彼はそこに日常があることを知っている。彼にとっての戦場も、毎日生活する彼らにとっては日常である、そんな彼らとの交流を、彼は忘れることなくゆっくりと綴っていく、戦場を求めた人間が行き着いた先が少し垣間見えた気がする。


『戦場特派員』と少し被る部分はありましたが、やっぱりいろいろ考えさせられて、面白い作品でした。