『失はれる物語』乙一著 角川書店刊


この方もライトノベル出身の作家さんです、けれもどかなり作品のクオリティは高いですね。あっと思わせるようなオチがあったり、考えさせられるような文章があったり、この作家さんのテイストであと少し明るい感じの物語が自分の小説を書く目標であるかもしれません。


収録作品は全部で7作品、うち面白かった作品を紹介しておきます―


「失はれる物語」主人公は妻1人娘1人の男性、始めは幸せだった家庭生活も妻との諍いは絶えなくなり結婚生活に疲れ始めた頃、彼は交通事故に遭い右腕以外の感覚を失います。何も聞こえず、何もしゃべれず、何も見えず、されど考えることはできるという地獄の中で、妻との会話は唯一自力で動く指の上げ下げで「はい」「いいえ」を答えることで行います。そんな彼を励ますために、彼女はピアノの手つきで彼の左腕の上で音楽を奏でます。幸せを感じつつ、こんなことが一生続くのかという絶望に耐え切れなくなった自分は、自ら死ぬ為に指を動かすのをやめます。


やがて妻も娘もこなくなり、どれだけの月日が流れたのか、彼はただ1人絶望という名の安息の地にあります。


「しあわせは子猫のかたち」人見知りが激しく1人で生きていこうとする大学生と、幽霊の女子大生の物語、大学生の下宿で起こる不思議な出来事、やがてそれがこの下宿で死んだ「雪村サキ」という女性の幽霊であると気がつきます。幽霊との生活に癒されながらも、現実と向き合えない自分へのいらだちと絶望、彼女は趣味であった写真を用いて彼の姿をそっと撮り告げます。私の撮った世界は美しかった、あなたも私の撮った世界であるから美しいと―


「ウソカノ」思わず口走ってしまった彼女「安藤夏」しかし彼女はいない、嘘である。聞かれるごとに捏造しているうちに彼女は生きている人間のように人格を伴う、しかしばれる、同じような嘘をついていた池田君にだ。お互いで嘘がばれないように助けあう、やがて池田君にも本当の彼女ができる。彼は思う、自分にもそんなウソをつかなければならないほどジメジメしてつらい時期があったのだと、そうして彼は「安藤夏」に別れを告げる―


どの作品もうまくまとまっていて、あっと思わされて面白いですよ。乙一さんの作品は初めて読んだのでこれから少し手を出してみようかなと思う次第です―