『峠(上)』司馬遼太郎著 新潮社刊


隅田川花火に行けませんでした、残念無念、学生最後の夏だから楽しまないとと妙に気負ってます。そもそも気負って楽しむってのがなんなのか自分ではよくわかりませんが。誰かとどこか行きたいのに1人で本を読んでる方が性分にあってる、そんな矛盾した性格の産物かもしれません。


まあ合宿もあるし、夏休みはまだ始まったばかり―さてとりあえず書評しましょう。


長岡藩に奇人がいる、30歳を越え家禄を継ぐ身でありながら藩の役職にはまともにつかず、江戸に出て書生のような生活を続けている、しかしまともに勉強しているわけではない。書を読むという従来の学問には目もくれず、吉原通いをしながら、怜悧な瞳で世の中を見つめている、先に見えるのは江戸幕府の落日、武士社会の崩壊であった。


異国船に対しての横浜警備を命ぜられても、品川の宿で遊び呆ける、戦国時代の具足に身を包んだような警護は無意味であるということである。幕府の凋落を見通しているので、藩の命令なんざ屁でもない、継之助は諸国を漫遊し少しずつ自分の生き方を確固たるものにしていく。


漫遊を終えて長岡に帰ると藩主の牧野忠恭京都所司代を拝命した、当時の京都は勤王志士が跳梁跋扈、朝廷も幕府の足元を見て傍若無人な行動を繰り返す、忠恭は悲鳴を上げ継之助に助けを求める。継之助は直言で一時信頼を得るがあまりにそれが過ぎて再び無役となる。


未だ働きどころを得ず―


河合という人間を捉え切れていないせいか、うまくまとめられていません。1つの疑問は、ここまで開明的な思想を持ちながら、なぜ藩という枠内に拘ったのか、やはり志士ではなく「武士」であるという思いがあったのか。新と旧を心に持ち合わせた河合継之助がどうなっていくのか楽しみな次第です。