『危機の外相 東郷茂徳』読了


なかなか面白い一冊だった、A級戦犯として処刑された広田に関するものを読んでいたせいで当時外交官というのが如何に苦労し、無力だったかがわかる。


東郷という人の気骨は、薩摩人でありながら薩摩人にあらず、日本人でありながら日本人であらず、というとこにあったらしい。彼の生家のある集落は、かって秀吉の朝鮮侵攻の際にそれに従軍した島津義弘が連行してきた朝鮮人の陶工の集落であり、明治になっても色濃くそれが残っていた。また薩摩では当時城下に住む人間が幅を利かせていたようで、東郷のような城下の外に住む人は蔑まれていたのだという。そもそも士族であるとはいえ、その士族としての身分は買い取ったもので、祖父は朴と名乗っていたそうで、これはかなり特殊な環境であるといえよう。


日本人にあって日本人にあらず、薩摩人にあって薩摩人にあらず。


学校では本ばかり読んでいて、特にドイツ文学には耽溺していたようだ。論文のようなものも結構書いていたらしい。大学にはほとんど行かなかったとか。


このような特殊な環境が彼を鉄の意志を持つ外交官にしたて上げたといえる、日本人であることに嫌悪を持っていたわけではなく、むしろ誇りを持ち、天皇をかなり尊敬している。ただ、常に自分は1人であることを感じ、物事を冷静に見ることができたのかもしれない。


話はドイツ大使着任から始まり、何度か前後し、回想が入るわけだが。その回想は何とも残酷に終わっている。女性とは芸伎とか以外は無縁だった東郷は、1人の女性に恋をし、恋仲となって一緒に東京で生活する約束をする。


しかし約束の日になってもその人は現れない、そんな時郷里では興信所の手が回り、身辺が調べられていた。東郷は、そんな300年も前の朝鮮人の血が、自分の生活を左右するとは思っていなかった。しかし、彼女は現れず、自分の血がこの国で未だ受け入れられていないことを知った。


こういう人が、日本の為を思い、戦争中和平を考えたと思うと、血とか生まれとか、そんなものはどうだっていいのかもしれないと思った。やはり日本に育てば日本人と同じようになる、外国人が多く住む今、少しだけ物思いに浸る。


東郷は結局当時としては珍しくドイツ人の女性と国際結婚をする。


その後は私としてはよく知っている話であったのだが、あのいつクーデターが起こってもおかしくない終戦間際の静かな戦いの中で、常に狭心症の発作と戦いながら会議をしていたというのはなんたる精神力と思う。


しかし終戦を見事に纏め上げた後は、A級戦犯として連行され、懲役20年、刑期中に獄死する。やはり、太平洋戦争開戦時、外相であったことが響いたようだ。新聞などではさも当然のように、東郷らの刑罰が語られていた。


こうして鉄の外相は、何一つ認められずいったのである。