【小説】『ランナー』あさのあつこ著


『バッテリー』は誰しも知っている野球を舞台にした代表作、新作は陸上競技が舞台となる。主人公の碧季は母親の千賀子、妹の杏樹との3人で暮らしている。千賀子は離婚で精神的不安定となり、夫の亡くなった弟夫婦の子どもである杏樹に夫の面影を見出し、自分の意思に反して暴力を振るう。「自分がいなければ家族を守れない」そう感じた碧季、折りしも陸上競技の大会でもありえない惨敗、走ることを止め、幼く可愛い妹のために日々を生活する。


あさのあつこの作品は重い、その重さが故に心をとらえて離さない。


碧季に期待する陸上部顧問、その思いが自分に向かないことに嫉妬する杏子、愛しているのに届かない。杏子の母は病弱だった杏子の兄に惜しみない愛情を注いだのに忌み嫌われ、愛の行く先を失う。愛したのに愛されない。千賀子の杏樹への思いも、また愛したいのに愛せない、という姿であると言える。それぞれの思いは決して間違っていないのに、どこかいびつで、どこか噛み合わず、それに翻弄される碧季がいる。


冷え切った心を救うのは、内から湧き上がるもう一度走りたいという気持ち。何かと向き合うという意志、彼は再びトラックに立つ。


重い作品だけど、そこにある重さの意味は、誰でも理解ができるはず。お互いの思いが簡単に通じない、誰もが間違っているわけではないのに、結果的に悲劇が起こったりする、そんな矛盾を乗り越える勇気を持てる作品である気がする。