『狼と香辛料』支倉凍砂著 電撃文庫刊


方言をしゃべる女の子はかわいいらしい、妙なイントネーションをしゃべってる当人は激しく嫌っていることもあるだろうが、やはり生まれた土地柄が出るってのはかわいいと思う、標準語が悪いわけではないが人間として宙に浮いてしまっているようで寂しい、エセ関西人の戯言であるが。


「わっちは長いこと神と呼ばれてこの土地に縛られていたがよ、神なんてほど偉いもんじゃあありんせん。わっちゃあホロ以外の何者でもない」


行商人ロレンスの荷馬車にいつの間にか乗り込んでいた、狼の耳と尻尾が生えた少女はこう妙なイントネーションでひとなつっこそうにしゃべる。物語数多あれば様々なヒロインがいるが、方言というかしゃべり口調が魅力的なヒロインというのは久方ぶりである。彼女、ホロは人語を解す豊穣の神の化身、賢狼である。


突然現れた女性と成り行き任せの旅という展開は多くあるものの、ヒロインであるホロのこの口調とつかみ所のない性格、そして時に孤独を感じさせる横顔の描写が、物語を魅力的なものにしている。物語はとあるところから持ち込まれた銀貨の相場を利用した儲け話を巡る物語に従って推移するわけだが、そこに特段の特別な物語があるわけではない。それでもこの物語が魅力的なのはやはりホロの姿だろう、賢狼という存在であるが故に生死を超越し、次々と周りの仲間たちに去られていく寂しさ、農業技術が向上しかつては豊穣の神として人間から感謝されたのに必要とされなくなっていく所在のなさ、その寂しさに行商人として1人で旅を続けるロレンスは共感し、身を寄せ合う。


「もう目を覚ましても誰もおらんのはいやじゃ・・・。1人は飽いた。1人は寒い。1人は・・・寂しい」


人間と賢狼、生きる時間は違えども、生を受け、成長し、老い、そして死ぬ。その過程で1人であることは時にあれども死まで続くとなれば話は別だ、ホロが述懐するように、1人は寂しい。迷惑をかけぬようロレンスから離れようとしたホロをいちゃもんをつけて引き止めるロレンス、2人の旅はもう少し続く。1人ではない温かさを感じて、少しだけ優しくなれる一冊である。