『オクシタニア(上)』佐藤賢一著 集英社刊


佐藤賢一は『傭兵ピエール』や『王妃の離婚』、『女信長』など、一貫して歴史小説、特に西洋の歴史小説について執筆を行ってきた作家である。『傭兵ピエール』はある傭兵の視点からフランスの英雄「ジャンヌ・ダルク」を描き、『女信長』は信長は女であったという大胆な仮説を元に書き上げた作品である。同じ戦国武将である謙信に女性説があることは知っていたが、信長が女性という設定はなかなか思い浮かばない、しいていえば声が高かったということぐらいである。


書評に入る―


オクシタニア」という聞き慣れぬ地名に、悪が巣食っている、もっとも悪であるかどうかは、この世の誰にもわからない、人々は世俗に塗れながら自らを奮い立たせるように自らは「正義」であると思い込む。


オクシタニア」は現在でいうフランス南部のことである、時代は12世紀、絶対王政の時代はまだ遠く、王よりも力を凌ぐ封建領主がそこかしこに存在した時代である。世俗の君主たる王よりも、むしろ神の代行者である天国への鍵を持つローマ教皇が力を持っている、そういう時代だった。十字軍ですら歴史書の世界でなく、血肉の通った昔話であった時代である。


ある人物は、田舎領主でありながらオクシタニアカタリ派を制圧する十字軍に参加し、分不相応な所領を得る。さらなるカタリ派制圧戦の中で奇跡を見た彼は、自らこそ正義であると確信し、カタリ派を容赦なく虐殺する。神によって不相応な領土を得て困惑した彼は、やがて神により祝福を得ていると自らを妄信するのだ。


また、ある人物は妻がカタリ派に入ったのを知って妻の気を引こうと十字軍に叛旗を翻し民兵団を作り上げる、しかし妻は彼の元に返らずむしろ信仰心を強め出家してしまう、絶望した彼はすべてを投げ出そうとする。しかし偶然出会った後にドミニコ教会を設立する聖人ドミニコの教えに改心する、神に妻を奪われた彼は神によって救われる。


物語は「カタリ派」という教えを巡り、それぞれを支配し追い込みまた救う「神」を描写する。「神」とは何なのか今をもって繰り広げられる争いに、1つの考えを与えてくれるのかもしれない。


と、随分難しく書いてしまいましたが、面白い部分もあります。例えばオクシタニアの人々が話す言葉が関西弁だったりとか、たぶんフランスの北部と南部の違いを表現しようと思ったんでしょうけど、関西弁って、東北弁とかでも面白かったかも。


明日からゼミ合宿で韓国です、目白は親王様誕生で祝賀ムード、寮では体育祭が動き出したり、ちょっと慌しい感じがします―