『文学少女と死にたがりの道化』野村美月著 ファミ通文庫


久しぶりにライトノベルを書評する、ある有名な名著をキーワードとして物語が綴られていくという点で、橋本紡の著作である『半分の月がのぼる空』と物語の構成はよく似ている。名著にまつわるミステリー、といった作品で、かってこの著者の作品を読んだ時はずいぶん無茶な文章に辟易したが、だいぶ洗練されてきた気がする。ちなみにキーワードとして使用されているのは太宰治の『人間失格』である。


「井上心葉」は平凡な日々を送りかつそれが続くことを願ってやまない文芸部に所属する高校2年生の男子である、されどその生活は1人の可憐な少女の皮を被った「本を食らう少女」によって平凡とは程遠い複雑怪奇なものとなっている。その少女は「遠子先輩」といい、本を愛して愛してやまない文学少女だ、その愛は読むだけに留まらず読んだ本を食べてしまう、甘かったり苦かったりするらしい、怪物じみているが本人の容姿はいたって古風な美少女である。


そんな不思議で怪奇な生活は1人の少女「竹田千愛」が持ち込んだ相談によりさらにおかしな方向に進む。彼女の相談と先輩の命令により心葉は千愛に代わり、彼女が思いをよせる弓道部3年の「片岡愁二」という先輩に対してラブレターの代筆をすることになる、しかも毎日である。


しかし時がたつにつれて「片岡愁二」なる人物が弓道部にいないことが明らかになる、それでも千愛は彼は確かにいると、彼からの返信すら示す。そこには太宰治の『人間失格』が引用された不可解な手紙、そして再度弓道部に調査に行った時に出会ったOB達の「片岡愁二」という存在への恐れおののいた態度、謎ばかりが深まっていくなかで、少しずつ「文学少女」を自認する遠子先輩の推理が冴え渡っていく―


本をネタにした、本好きに関する話、というだけでそれなりに楽しめました。作中に登場する人物たちが抱える悩みも何かしらわからないでもない悩みでした、ただ1冊の本が人間をそこまで導くかは疑問ですが、物語をすべて説明しているときりがないので興味があれば読んでもらうといいと思います。昔英単語を覚えたらその部分の辞書を食べるって話を実践した人のことを聞いたことはありますが、「なぜ食べる!」と突っ込みたくなります、二度と忘れないという決意なんでしょうけど、ここで出てくる遠子先輩も同質の人間というか、それよりさらに上をいっているようで、普通の食物には味覚を感じないのだそうです、病気ですね。


不思議な「紙食い」文学美少女に興味があればどうぞ―