『ひかりをすくう』橋本紡著 光文社刊

「知人に聞いたんですけど、そういう簡単な言葉で物事を表現しないほうがいいと思います。その人によると、切り取られてしまう部分に、本当に大切なことが含まれているらしいです」


自分のことをニートだ、といった智子に、教え子である小澤さんはそんな言葉を告げる。


智子は元グラフィックデザイナーで、今は仕事をやめて田舎とも都会ともいえない平凡な街で、恋人の哲ちゃんと平凡な日々を送っている。2人とも仕事はしていない、彼女は自分をニートと表現する、けれども少しだけわけがある。


ある日のこと、仕事で疲れきった智子を「純度100%の恐怖」が襲ってくる、会社の同僚だった哲ちゃんに支えられて尋ねた病院で告げられた病名は「パニック障害」だった。自分がまともでなくなってしまったのだと、落ち込みながら、すべてを捨ててしまおうと、付き合い始めた哲っちゃんと一緒に都会から片田舎に引っ越した。


平凡な日々の中で、智子はちょっとした仕事をする。近所の中学生の小澤さんに対する家庭教師だった。小澤さんは何の理由か学校に行っていない、性格は明るくてハキハキしている。


平凡な日々の中で、哲っちゃんに暖かく見守られながらも、智子は自分が辛さから逃げてしまったのではないか、世の中の綺麗な部分しか見ようとしていないのではないかと悩む。クライアントであった薫から電話がかかってくる、失望したという言葉に、自分は何か悪いことをしたのかとひどく落ち込む。「きれいにしようとするほど、きれいじゃないものがたまっていく」昔に薫から聞いた言葉に、自分の今の悩みを重ねる。


罪悪感を残しつつも平凡な日々は仕事で疲れきった彼女を癒していく、たわいもないおしゃべりや、小澤さんが拾ってきた子猫の成長、哲っちゃんの存在、何気ない日々のいとおしさを感じ始める。


ある日、哲っちゃんのかつての妻が訪ねてくる。彼女は智子に対して「彼をあなたの生活に巻き込まないで」と痛烈な言葉を浴びせる、罵詈雑言の応酬になった結果、憤懣やるかたない智子は、彼女から返された哲っちゃんのCDを川に向かって勢いよく投げ捨てる。


すぐ後悔して広い集める。



一枚は川の真ん中にあった、仕方なくジーンズを捲り上げてそろそろと川の真ん中へと進んでいく、始めはよかったものの、進むにつれて泥に足を取られる、体をうまく保てない、恐怖がわく、沈む、溺れる、助けてと叫び声を上げる、その様子を見て中学生が逃げ出す。智子は思う、ああこれが自分なんだと、泥に足を取られて、もがいて、狂ったように助けを求めている、これも自分なんだと、劣等感とともに、自分という人間を受け入れた安堵感が漂う。


彼女の平凡な日々は続く、小澤さんは学校に行き始めた、どうやらきっかけは恋らしい。相変わらず先生や友人は大きらいだとか。哲っちゃんと並んで歩く、ランチボックスを持って、晴れた空の下、ゆっくりと歩いていく、見ず知らずの人と挨拶を交わし、子供達の遊びに少しだけ混ざる。こんな日々もいつまで続くかわからない、でもこうして頑張って生きる自分だけではない自分を知ることができた智子は、これからの生活に可能性を見出す。


いつもより、飛行機雲が綺麗に見える。


やっと読むことができたわけです、下手なレビューですみません。取り立てて感動はありませんが、心の中にしっくりとくる作品なのではないかなと思います。智子が楽しかった仕事に追い立てられて、パニック障害に陥ってしまう姿は誰にでもあることで、否定ができることではありません。いつの間にかもう1人の自分が、頑張っている自分を冷笑するかのように見つめている、といった表現も、自分で自分を追い詰めて、自分のペースがつかめなくなっている場合によくあることだと思います。


冒頭に掲げた文章は、自分がもっとも感じ入った言葉です。人間はすぐ形にはめたがります、いい人とか悪い人とか、もてるとかもてないとか、勇気があるとか意気地がない、とか、頭がいいとか悪いとか、厳然としてそういうことがあるのかもしれませんけど、それはそれ以外の何か、がある周辺部分を切り取ってしまっているのではないでしょうか。意気地がないと思っている自分、だけれどもあの時は、その「あの時」は意気地がない、と自分で言い切ってしまえば切り捨ててしまうところであり、残しておけば自分の「可能性」が広がっている部分であると思います。逆のことをいってしまえば、その部分は自分の見たくない、汚いモノ、であるのかもしれません。腐った部分のある野菜は切り捨てることもできます。しかし人間は自分の「汚い」と思う部分を捨てることはできません、きれいなことばかり見ていた智子は、川の中でもがく自分の姿を感じる中で、これもまた自分なんだ、ということを知ったのだと思います。ありきたりだとは思いますが、自分はこうなんだ、こうでなくてはいけないんだ、そういう形にはめないこと、はめなければ自分の可能性はいくらでもあるのだということ、ゆとりをもって、あるがままに生きること、そんな大切さを教えてくれた作品であるのかと思います。


橋本紡は大きく飛躍しそうな感じもします、今のうちに読んでおくとコアなファンを気取れるかもしれません。内容に興味がありましたらぜひ読んでください、友人ならお貸ししますので、ぜひどうぞ。


橋本紡作品は、次は8月10日発売の『半分の月がのぼる空8』です。